第2回 補遺 「セット販売統合戦略理論」の厳密な検証
著者:小竹竜也
掲載日:2026年2月8日
序論
提示された「セット販売統合戦略理論」の論文草稿は、外食産業のセット販売を多角的な視点から捉え、数理モデルを用いてその合理性を説明しようとする意欲的な試みです。 しかし、厳密な検証という観点から見ると、いくつかの点で論理の飛躍や単純化が見られます。以下に、各セクションの検証結果を述べます。
1. 選択のパラドックスと意思決定コスト
- 論理: セット販売が選択肢を減らし、意思決定コスト \((C)\) を削減するという基本的な考え方は妥当です。消費者行動理論における「選択のパラドックス」(多すぎる選択肢が意思決定を困難にし、満足度を低下させる現象)とも整合します。
- 検証:
- 定義の曖昧さ: \(C_s\) と \(C_{set}\) の具体的な計測方法が示されていません。迷いや後悔といった主観的なコストを、どのようにして定量化し、効用関数に組み込むのかが不明です。
- 価値差 \((V_{set} – V_s)\) の無視: 論文では「価値差が小さくても」と述べていますが、多くのセット販売では単品を組み合わせるよりも価格が安く設定されており、この価格差自体が価値差となります。価格以外の価値(例えば、セットの組み合わせの妙)がどう定義され、効用関数に反映されるのかが不明瞭です。
- 個別効用関数の未考慮: 効用関数 \(U_{s}\) と \(U_{set}\) が消費者ごとに異なることが考慮されていません。特定の消費者にとっては、単品の組み合わせの方が効用が高い場合もあります。
2. 店舗オペレーションと人時生産性
- 論理: セット販売がオペレーションを標準化し、処理時間のばらつき \((\mathrm{Var}[T])\) を減らすという主張は、サプライチェーンマネジメントや生産管理の観点から見て合理的です。標準化は確かに効率を向上させます。待ち行列モデル \((W \approx \rho/(\mu – \lambda))\) を適用する点も適切です。
- 検証:
- 仮定の単純化: 待ち行列モデルは、現実の複雑な外食店舗のオペレーションを過度に単純化している可能性があります。例えば、顧客の到着率 \((\lambda)\) やサービス率 \((\mu)\) は、時間帯や曜日によって大きく変動します。また、サービスは単一の窓口ではなく、注文、調理、提供という複数のステップから構成されており、単純なモデルでは正確な分析は困難です。
- 「人時売上高」の限界: 人時売上高 \((P=R/H)\) は効率を示す重要な指標ですが、店舗の人件費率や原材料費率といった、より包括的な収益性指標と関連づけて論じられるべきです。効率が上がっても、価格設定によっては必ずしも利潤が最大化されるわけではありません。
3. 顧客効用の定式化とセットの優位性
- 論理: 効用関数に待ち時間 \((W_{st})\) やセットのベネフィット \((B_{set,st})\) を含めるのは、顧客の意思決定を包括的に捉える上で有効です。来店確率をロジットモデルで表現するアプローチも、マーケティングサイエンスでは一般的です。
- 検証:
- 変数の定義: \(Q_s\)(品質)、\(c(d_{is})\)(距離・時間コスト)、\(B_{set,st}\)(セットのベネフィット)といった変数が抽象的であり、これらを具体的にどのように測定し、モデルに適用するのかが不明です。特に \(B_{set,st}\) は意思決定コストの削減効果を指すと考えられますが、第1セクションの \((C_{s} – C_{set})\) とどのように区別されるのかが明確ではありません。
- 相関関係の可能性: \(B_{set,st}\) と \(W_{st}\) は独立した変数ではなく、互いに影響し合う可能性があります。例えば、非常に人気のあるセットは注文が殺到することで待ち時間が増加し、顧客効用を下げてしまう可能性があります。これらの変数の相互作用をモデルに組み込む必要があります。
4. 店舗側の最適化
- 論理: 店舗の利潤最大化問題 \((\Pi)\) を設定し、資源配分 \((x_D, x_P, x_O, x_E)\) を考えるというフレームワークは、経営学の基本的な考え方に基づいています。
- 検証:
- モデルの未提示: 利潤関数 \((R_t – C_t)\) が、それぞれの変数 \((x_D, x_P, x_O, x_E)\) とどのように数学的に結びついているのかが示されていません。特に、セット設計 \((x_D)\) や教育 \((x_E)\) といった定性的な要素が、定量的なモデルにどう組み込まれるのかが、この部分だけでは分かりません。
- 社会的安定との関連: 結論で「社会的安定」に言及していますが、そのメカニズムが論理的に説明されていません。単に効率が上がって価格上昇が抑制されるというだけでは、社会的安定という大きな概念を説明するには不十分です。例えば、従業員の賃金上昇や雇用安定性といった要素との関連をより深く論じる必要があります。
結論:論文の評価
この論文草稿は、セット販売の多面的な利点を数理モデルで説明しようとする骨子としては非常に優れています。しかし、厳密な検証という観点からは、以下の課題が残っています。
- 変数の定義と計測: 意思決定コストやセットのベネフィットなど、主観的・定性的な概念をいかに定量化し、モデルに組み込むか。
- 仮定の単純化: 現実の複雑なオペレーションや消費者行動を、単純な数理モデルでどこまで正確に表現できるか。
- 論理の飛躍: 「人時生産性」から「社会的安定」へと、論理が飛躍している部分のギャップを埋めること。
これらの課題を克服するためには、次回の連載で提示される「均衡モデル」において、より詳細な変数定義、現実的な仮定、そして各要素間の相互作用を考慮した複雑なモデルの提示が求められます。



