食品が安く見え、労働が高くなる時代に、飲食店は何を売るのか
飲食料品の消費税率を引き下げる議論が進んでいます。
2026年8月時点では、2027年4月から一定期間、飲食料品の消費税率を現在の8%から1%へ引き下げる案が示されています。一方、店内飲食は現在と同じ10%とすることが前提になっています。
この議論の中で、
「食料品の税率が下がると、飲食店は仕入税額控除が減るため、かえって負担が増える」
という説明を耳にすることがあります。
確かに、税務署へ納付する消費税額だけを見れば増えることがあります。
しかし、それをそのまま「飲食店の負担増」と捉えるのは正確ではありません。
仕入税額控除だけを見てはいけない
ここでは、本則課税で、通常の課税仕入れについて仕入税額控除を行う場合を前提に考えます。
税抜100万円の食材を仕入れるとします。
現在の税率8%なら、
税抜価格 100万円
消費税 8万円
支払額 108万円
です。
仕入税額控除も8万円です。
これが1%になれば、
税抜価格 100万円
消費税 1万円
支払額 101万円
となり、仕入税額控除も1万円になります。
確かに仕入税額控除は7万円減ります。
しかし同時に、仕入先へ支払う消費税も7万円減っています。
税抜仕入価格が変わらない限り、この二つは基本的に相殺されます。
税務署への納付額だけを見れば増えますが、それ以前に仕入先へ支払う税額が同じだけ減っているからです。
もちろん、税率変更をきっかけとして税抜仕入価格そのものが上がったり下がったりすることはあり得ます。
しかし、それは税率変更によって直接起きることではありません。
競争、需給、価格交渉、仕入先の価格戦略などによって起きる市場価格の変化です。
税制によって直接変わるものと、市場で価格がどう動くかは分けて考える必要があります。
飲食店経営者が見るべき問題も、仕入税額控除だけではありません。
2ポイントの税率差が、9ポイントになる
現在は、
一般の飲食料品 8%
店内飲食 10%
です。
税率差は2ポイントです。
仮に飲食料品が1%となり、店内飲食が10%のままであれば、この差は9ポイントになります。
ただし、ここで注意しなければならないことがあります。
税率差が9ポイントになることと、実際の販売価格差が9ポイントになることは同じではありません。
実際の価格は、仕入価格、人件費、家賃、光熱費、競争環境、企業の価格戦略など、さまざまな要因によって決まります。
海外のVAT引下げの事例を見ても、減税分がどの程度販売価格へ反映されるかは一様ではありません。価格へ大きく反映された例もあれば、限定的だった例もあります。
したがって、
「税率が下がれば食品が必ずその分だけ安くなる」
と考えるのも正確ではありません。
それでも、食品の税率を大きく下げ、外食を10%に据え置くのであれば、税制だけを取り出せば、内食・中食を外食より相対的に有利にする方向に働きます。
消費者に、
「食品は安くなったのに、外食は高い」
という感覚が生まれる可能性もあります。
家で食べるのか。
スーパーやコンビニで買うのか。
それとも飲食店へ行くのか。
その選択の中で、飲食店にはこれまで以上に、
「なぜ外で食べるのか」
という理由が求められることになります。
しかし、労働は安くならない
一方で、飲食店の人件費は逆方向に動いています。
最低賃金は上昇を続けています。
飲食店にとって、こちらは極めて直接的な問題です。
仮に時給が50円上昇し、年間10万時間の労働時間があれば、それだけで年間500万円の人件費増になります。
しかも最低賃金の上昇は、一度限りではありません。
採用市場では最低賃金そのものだけでなく、それを上回る時給を提示しなければ人材を確保できない場合もあります。
つまり飲食店は、
お客様には価格を上げにくくなり、店側の労働コストは上がっていく。
という二つの圧力の間に立つことになります。
食品減税は、この長期的な経営環境の変化に、これから新たに加わろうとしている要因の一つです。
当社がセット販売に取り組み始めた理由は、消費税への対応ではありません。
もっと以前から、
人件費は上がっていく。
人手は簡単には増えない。
客数だけを増やそうとすれば、必要な労働時間も増える。
単純な値上げを続けることにも限界がある。
そう考えてきたからです。
だから重要になるのが、
一時間の労働から、どれだけの価値を生み出せるのか
という問題です。
値上げと、価値を増やすことは同じではない
単品1,000円の商品を1,100円にすれば、お客様から見れば100円の値上げです。
しかし、1,000円の商品に前菜やドリンク、デザートなどを組み合わせ、1,500円のセットを選んでいただくことは、それとは少し違います。
500円値上げされたのではありません。
お客様自身が、
追加された価値を含めて1,500円の商品を選んだ
ということです。
もちろん、セットにすれば何でも良いわけではありません。
500円売上を増やすために、それ以上に原価が増えたり、調理や提供に多くの労働時間を使ったりすれば意味がありません。
セット構成比が上がっただけで、生産性が向上したとも言えません。
原価率はどうなったのか。
提供時間はどうなったのか。
必要な労働時間は増えていないか。
客数や回転率に悪影響は出ていないか。
そこまで見なければ、本当に成果が出たとは判断できません。
構成比50%を超えて見えてきたこと
当社のある店舗では、上位セット商品の構成比が50%を超えるところまで取り組みを進めてきました。
これは一つの成果です。
しかし、私たちが本当に見たいのは「50%売れた」という数字そのものではありません。
その結果、
人時売上高がどう変わったのか。
人時生産性がどう変わったのか。
ということです。
本稿では、粗利益を総労働時間で割ったものを「人時生産性」と呼びます。
売上が増えても、原価や労働時間がそれ以上に増えていれば、生産性は向上していません。
逆に、同じ一時間の労働から、より多くの粗利益を生み出せるようになれば、上昇する賃金を吸収する力になります。
したがって、セット販売を見る場合も、
セット構成比だけを見るのではなく、
セット構成比
人時売上高
人時生産性
を併せて見なければなりません。
セット販売そのものが正解なのではない
ここは重要なところです。
私たちは、セット販売そのものを正解だと考えているわけではありません。
構成比が上がっても、原価や労働時間がそれ以上に増え、人時生産性が改善しないのであれば、その取り組みは見直す必要があります。
単純な値上げの方が結果として客数を維持し、より高い利益を生むのであれば、そちらを選ぶべき場合もあるでしょう。
あるいは、省人化や商品数の削減によって生産性を高める方法もあります。
見るべきなのは施策ではなく、その結果です。
セット販売は目的ではありません。
一時間の労働から生み出す価値を高めるための、一つの方法にすぎません。
セット販売を販促として考えない
こう考えると、当社がここ数年進めてきたセット販売の意味も変わります。
単なる販売促進ではありません。
将来の消費税率を予測して始めたものでもありません。
客数だけに依存せず、単純な値上げだけにも依存せず、
一回来店当たりに提供する価値を高める。
そして、その価値の増加を、必要な労働時間の増加よりも大きくする。
それが目的です。
食品減税は、その考え方を生み出した原因ではありません。
むしろ、最低賃金上昇や人手不足という長期的な変化に対応するために進めてきた方向に、新たな外部環境の変化が加わろうとしていると考える方が正確です。
飲食店が管理すべきもの
スーパーも食品を売っています。
コンビニも食品を売っています。
飲食店も料理という食品を提供しています。
しかし、同じ「食品」として価格だけで比較されるなら、価格競争から逃れることはできません。
飲食店には、料理以外にも価値があります。
そこで選ぶこと。
そこで過ごすこと。
誰かと食事をすること。
サービスを受けること。
その空間や時間をどう感じるか。
来店しなければ得られない価値があります。
だから、これから飲食店に問われるのは、
「いくらで売るか」だけではありません。
同じ一時間の労働から、
お客様が選びたくなる価値を、どれだけ生み出せるのか。
食品が安く見え、労働が高くなる時代に、飲食店が管理すべきものは、価格だけではなく、
価値の生産性
なのだと思います。
参考資料
- 国税庁「消費税の仕入税額控除・インボイス制度に関する資料」
- 財務省「消費税の軽減税率制度」
- 厚生労働省「最低賃金に関する資料」
- OECD, Tax Reform to Support Growth and Employment in Finland ほかVAT税率変更と価格転嫁に関する資料
執筆者 小竹 竜也(Tatsuya Kotake)
株式会社フーズサポートモリカ 本部長。
日々の実務から問いを立て、理論と現実をつなぐことをテーマに執筆している。



