管理職の見識 第5回 準店長は人を管理する。店長は役割と仕組みを管理する

店長から報告を受けていると、「スタッフを教育します」「アルバイトに落とし込みます」「もっと意識を持たせます」という言葉をよく耳にします。

一見すると、管理職らしい言葉に聞こえます。

しかし私は、こうした言葉が頻繁に出てくる状態を、必ずしも成熟したマネジメントだとは考えていません。

むしろ、

人を管理しようとしている段階にとどまっているのではないか。

と考えます。

私はこれを、便宜的に「準店長」と呼んでいます。

準店長と店長の違いは、肩書ではありません。

何を管理対象として見ているかの違いです。

準店長は人を管理する。
店長は役割と仕組みを管理する。

この違いは小さくありません。

「教育不足」と考える前に、仕事の構造を見る

たとえば、ある商品が売れていないとします。

このとき、

「スタッフの商品知識が足りない」

「おすすめする意識が低い」

「もっと声掛けを徹底させる」

と考えるのは簡単です。

そして、

「全員に教育します」

という結論になります。

しかし、ここには一つ問題があります。

売れない原因を、最初から人の能力や意識に置いていることです。

本当にそうでしょうか。

メニューを見ただけで商品の魅力が伝わるようになっているか。

お客様に案内するタイミングは適切か。

誰がどの場面で説明するのかが明確になっているか。

注文までの導線に無理がないか。

商品そのものに選ばれる理由があるか。

こうした条件を確認せずに「教育不足」と結論づければ、問題の多くは人へ押し戻されます。

そして、うまくいかなければ再び、

「まだ教育が足りない」

となります。

これでは、管理しているように見えて、実際には問題の位置を動かしているだけです。

管理職が見るべきなのは、

「あの人はちゃんとやっているか」ではなく、「この仕事はどのような構造で動いているか」

です。

誰が担当するのか。

何を見て判断するのか。

どこまで自分で決めてよいのか。

どの時点で確認が必要なのか。

何を成果として見るのか。

問題が起きたとき、どこへ戻って修正するのか。

こうした条件が曖昧なままでは、いくら教育を重ねても仕事は安定しません。

管理職の仕事は、部下の人格や意識を変えることではありません。

仕事が正しく行われる条件を整えることです。

「仕組み」とは、マニュアルのことではない

ここでいう「仕組み」とは、先ほど挙げたような、誰が担当し、何を見て、どこまで判断するのかという仕事の構造そのものです。

それは、誰でも同じ行動を取れるように仕事を単純化することとは違います。

仕組みという言葉を使うと、

「誰でもできるようにマニュアル化すればよい」

という話になりがちです。

私はそうは考えていません。

誰でもできるように単純化すれば、仕事の水準そのものが下がることがあります。

接客でも、営業でも、店舗運営でも、高い成果を出すためには経験と判断力が必要な仕事があります。

そこまで完全に標準化する必要はありません。

むしろ重要なのは、

判断をなくすことではなく、判断できる人が育つ構造をつくることです。

何を見て判断するのか。

どの結果を受けて次の行動を変えるのか。

どこまでは自分で決め、どこからは共有するのか。

そうした判断の枠組みを明らかにする。

これは、「誰でも同じ仕事をする」という意味での仕組み化とは違います。

高度な仕事ほど、ある程度は属人的になります。

そして、その属人的な判断力こそが競争力になる場合もあります。

大切なのは、属人性をなくすことではありません。


必要な属人性と、単なるブラックボックス化を区別することです。

高度な仕事では、経験を積んだ特定の人にしかできない判断があっても構いません。
しかし、その人が何について判断し、何を見て判断し、どこまで責任を持つのかは、組織の中で明らかになっている必要があります。

「この領域の判断はこの人に任せている。判断するときに見るものも、責任の範囲も分かっている」

という状態と、

「なぜその人に任せているのか分からない。どう判断しているのかも分からない。その人に聞かなければ何も分からない」

という状態は違います。

前者は、判断力を活かした属人性です。
後者は、仕事がその人の中に閉じてしまっている状態です。

「落とし込む」という言葉が危うい理由

私は、「スタッフに落とし込む」という表現にも違和感があります。

この言葉には、

管理職が正しい答えを持っていて、それを下の人間へ伝える、

という構図が含まれています。

もちろん、決められたルールや商品知識を伝える必要はあります。

しかし、店舗運営の多くは、答えを覚えれば終わる仕事ではありません。

状況を見て判断しなければなりません。

お客様の反応も違います。

人員構成も違います。

時間帯も違います。

同じ店舗でも、昨日と今日では条件が変わります。

必要なのは、

「こうしなさい」と答えを渡すことより、

何を見て、どう考えるかを共有することです。

答えを渡し続ければ、部下は確認する人になります。

判断の基準を渡せば、自分で考える人になります。

管理職がつくるべきなのは後者です。

人を管理すると、管理職自身が忙しくなる

人を管理対象にすると、管理職はいつまでも現場から離れられません。

「あの人には言ったか」

「ちゃんとやっているか」

「昨日できていなかった」

「もう一度教えなければいけない」

一人ひとりの行動を追いかけることになります。

そして、自分がいなければ仕事が回らない状態になります。

本人は「自分が店を支えている」と感じるかもしれません。

しかし、管理職として見るなら逆です。

その人がいなければ成立しない状態を、自らつくっている可能性があります。

管理職が優秀であることと、管理する組織が優秀であることは同じではありません。

管理職自身の力量で問題を吸収し続ければ、組織の問題は見えなくなります。

だからこそ、管理職は自分が頑張るだけでは足りません。

自分が細かく指示し続けなくても、必要な判断が行われる状態を少しずつつくらなければなりません。

教育は、管理職が使う手段の一つにすぎない

店舗では、人材育成が必要です。

しかし、「店長の仕事=スタッフ教育」としてしまうと、管理職の仕事を狭く捉えすぎます。

教育は手段の一つにすぎません。

問題の原因が知識不足なら、教えればよい。

しかし、役割が曖昧なのであれば、教育を増やしても解決しません。

判断する権限が不足しているのであれば、権限を見直す必要があります。

仕事そのものに無理があるのであれば、仕事の設計を変える必要があります。

管理職が問うべきなのは、

「この人をどう教育するか」

ではなく、

「この仕事を成立させるために、何を変えるべきか」

です。

その答えが教育であることもあります。

しかし、毎回答えが教育になるのであれば、管理職側が問題を十分に分解できていない可能性があります。

店長になるとは、見る対象が変わること

プレイヤーであれば、自分の仕事を見ることが中心になります。

準店長になると、他人の行動を見るようになります。

そして店長になると、

人と人との間にある役割、判断、情報、責任のつながりを見るようになります。

ここに一つの発達境界があります。

「誰が悪いのか」

から、

「なぜこの状態が発生したのか」

へ。

「誰に教えるのか」

から、

「何を変えれば仕事が変わるのか」

へ。

「スタッフを動かす」

から、

「人が判断し、役割を果たせる条件をつくる」

へ。

管理職として成熟するというのは、単に多くの部下を持つことでも、強く指示できることでもありません。

管理する対象そのものが変わることです。

管理職の力量は、本人がいないときにも表れる

その店長がいる日は、店がよく回る。

それだけでは、店長の力量を十分に評価することはできません。

本当に見るべきなのは、

その店長がいないときにも、必要な判断が行われているか。

問題が起きたときに、誰かが考えて対応できるか。

情報が必要な人へ届くようになっているか。

役割や判断範囲が曖昧になっていないか。

ということです。

ただし、これは「誰でも同じように代われる状態」を意味しているわけではありません。

高度な仕事であれば、ある人にしかできない判断があってもよい。

重要なのは、その判断が役割として位置づけられ、組織の中で意味を持っていることです。

店長がいなければ何も決められない組織をつくったのであれば、それは店長個人が強いのであって、組織が強いわけではありません。

反対に、自分がいなくても人が考え、それぞれの役割を果たし、必要なときに適切に連携できる状態をつくったのであれば、そこには管理があります。

管理職の仕事とは、人を支配することではありません。

人が役割を果たし、判断し、組織として仕事を前へ進められる条件をつくることです。

だから私は、店長を見るときに、

「スタッフをどれだけ教育しているか」

よりも、

「人を細かく管理しなくても、それぞれが判断し、役割を果たせる構造をどこまでつくれているか」

を見たいと思います。

それが、準店長から店長へ進む境界の一つではないでしょうか。

(2026年8月19日)


執筆者 小竹 竜也(Tatsuya Kotake)
株式会社フーズサポートモリカ 本部長。
日々の実務から問いを立て、理論と現実をつなぐことをテーマに執筆している。

著書『徳とは、時を流す力である』を2026年6月、Amazon にて発刊。

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