セット販売の統合戦略フレームワーク ~顧客体験・業務効率・収益性を融合する実践理論~
著者 小竹竜也
はじめに
現代の外食産業において、「セット販売」は単なる販売手法ではなく、顧客体験の設計、オペレーション効率の向上、そして収益性の改善を同時に達成するための統合的な経営戦略として再評価されている。本論文では、セット販売を経営理論・マーケティング理論・オペレーション理論と結び付けることで、その本質的価値と実践的意義を明らかにし、外食産業における普遍的なフレームワークを提示する。
- 第1章 セット販売の5つの目的と経営的意義
セット販売には、以下の5つの目的が内包されている。
- ①顧客満足の最大化(選ぶ手間の軽減・お得感)
- ②オペレーションの効率化(調理・提供の流れがスムーズ)
- ③人時売上高の向上(単価アップ+回転率の改善)
- ④価値の可視化(「この価格でこれだけ」がお客様に明確)
- ⑤ファン化・リピートの仕掛け(記憶に残る体験)
これらは、外食店舗における戦略的課題すべてに関与しており、セット販売は“統合的な価値創造の装置”として位置づけられる。
- 第2章 関連理論との接続
① 顧客満足とS-Dロジック(サービス・ドミナント・ロジック)
Vargo & Luschの提唱するS-Dロジックでは、価値は企業が一方的に提供するのではなく、顧客との“共創”によって生まれるとされる。セット販売における「選びやすさ」や「迷わなくて済む安心感」は、顧客の能動的選択を支援する設計であり、まさに価値の共創そのものである。
② オペレーション効率とリーン・マネジメント/TOC(制約理論)
リーン理論は「ムダの排除」、TOCは「ボトルネックの最適化」を通じて全体最適を実現する。セット販売は、調理工程・仕込み・オーダー処理を標準化・集中化することで、店舗全体のオペレーション効率を高め、人的負担と提供スピードのバランスを取る手段となる。
③ 数値指標としての人時売上高とKPIマネジメント
人時売上高は、売上と労働投入量のバランスを測る指標であり、労働生産性と直結する。セット販売は、単価向上とオペレーション簡略化の双方を同時に実現するため、KPI指標の向上に直接的に貢献する施策といえる。
④ 顧客価値とプライシング理論
セット販売は「価格の納得感」を演出する有力な手法である。Value-based Pricing(価値基準型価格設定)理論においては、顧客が受け取る価値が価格を上回るとき、購入意思は最大化される。「この価格でこれだけつく」のわかりやすさは、価格の透明性と信頼性を生む。
⑤ ファン化とエクスペリエンス・マーケティング
体験の記憶こそが再来動機を生み出す。セット販売は、提案から提供、満足までの一貫した“体験シナリオ”を設計しやすく、記憶に残る「また来たくなる理由」を生む仕組みとなる。体験価値の強化が、顧客ロイヤルティの基盤を形成する。
- 第3章 統合フレームワークの提案と活用フォーマット
- セット販売を戦略的に活用するために、以下の統合フレームワークを提案する。
【セット販売 統合戦略フレームワーク】
目的 | 対応理論・概念 | 活用の視点例 |
顧客満足 | S-Dロジック、CX(顧客体験) | 選択の手間削減、セット提案の安心感 |
業務効率 | リーン理論、TOC | 調理・オペレーションの標準化 |
収益性 | 人時売上高、KPIマネジメント | 単価向上と提供スピードの両立 |
価値訴求 | 知覚価値、VBプライシング | お得感・納得感・価格透明性 |
ロイヤルティ | 顧客体験、エクスペリエンス設計 | 記憶に残る提案、再来したくなる理由設計 |
このフレームは、販売施策を単なる営業戦術ではなく、経営構造の一部として再定義するものである。また、異なる業態においても、上記の5視点を整理することで、自社に適したセット戦略の再構築が可能となる。
第4章 実践事例 ~阿久比店におけるセット販売の戦略的運用~
愛知県にあるベビーフェイスプラネッツ阿久比店では、プレミアムセットの導入と分業制の徹底を通じて、セット販売を統合戦略として実装した。以下はその取り組み内容と成果である。
● 背景と課題
- 注文のバラつきによりオペレーション負担が偏る。
- 新人教育の効率が上がらず、現場負荷が高い。
- 「おすすめ」がスタッフごとに異なり、提案力に差があった。
●取り組み内容
店長自身が“おすすめ担当”としてプレミアムセットを提案。
案内役、調理役、デザート担当などを完全分業制に。
新人教育は業務を限定して習得速度を向上。
声のトーン、間、表情などを含む提案ロールモデルを店長が実演。
● 成果と評価(フレームとの照合)
<目的> | <阿久比店の成果事例> |
顧客満足 | 「迷わず頼めて安心」との声/接客の流れがスムーズで体験が快適に |
業務効率 | 分業化で提供スピード安定/厨房とホールの連携が向上 |
収益性 | 客単価+80円上昇/人時売上高5,963円と過去最高水準へ |
価値訴求 | セット構成の明瞭化で納得感/「この内容ならお得」との反応多数 |
ロイヤルティ | 笑顔での再来・指名提案/店長との対話が信頼感につながった |
阿久比店の取り組みは、セット販売を単なる売上施策ではなく、「現場を支える仕組み」「教育を効率化する設計」「お客様に印象を残す体験」として一体的に機能させた好例である。
おわりに
「セット販売」は、売上を上げるための短期施策としてではなく、顧客の選択体験・店舗での働きやすさ・数値の管理可能性・再来の記憶設計という、多面的な価値を同時に生み出す仕組みである。
本論文は、各種理論を横断的に組み合わせ、セット販売を「統合型戦略」として捉える視座を提供した。今後は、このフレームを活用し、業態・規模を問わず導入可能な実践事例の集積と分析を進めていきたい。